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2007北九州国際音楽祭「楽しみ方聴きどころ講座」レポート

 6月23日(土)に、北九州市立松本清張記念館にて「2007北九州国際音楽祭 楽しみかた聴きどころ講座」が開かれました。北九州国際音楽祭は今年、第20回の記念の年を迎えます。講座当日は、音楽評論家で北九州国際音楽祭企画アドヴァイザーの奥田佳道氏が、今年の音楽祭の見どころ、これまでの歩みなどを、参加した75名の市民の方にざっくばらんに、かつ熱く語られました。ここでは、音も交えて約2時間に渡ったその内容をレポートします。


●20年の歩み●
 なんと言いましても今年20回の記念の年を迎える北九州国際音楽祭、まずは簡単にその歴史を振り返ることから講座は幕開けとなりました。北九州国際音楽祭は、もともとフィンランドのクフモにある室内楽の音楽祭とのパートナーシップでスタートし、北九州市出身のヴァイオリニスト、新井淑子氏の大変なご努力のもと始まったそうです。20年の歩みの中でその形態も変化し、最初の10年間がフィンランドとの提携によるもの、そしてその後10年が今のスタイルなのだそうです。「手前味噌な言い方だけれども」と前置きされたうえで、TOTOさんのスポンサーなどで20年音楽祭が開催される、しかも大変クオリティの高い音楽祭を20年続けるというのは、北九州市にとって大変誇らしい出来事なのだと奥田氏はおしゃっていました。地方の音楽祭ではありますが、最近は東京の音楽関係者の間でも北九州国際音楽祭のことが話題になることが増えてきたそうでうれしい限りです。


●記念の年を飾るオープニングは?●
 どの音楽祭であれ、オープニングやフィナーレというのは、そのフェスティヴァルをどうお客様に楽しんでいただくかを考えるうえで非常に重要なポイントになるそうです。その意味で、今年はただ華やかな音楽家を呼んで夢のあるお祭りをやるのではなく、どうせお祭りをやるのであれば、今までの音楽祭とご縁のあった方、北九州市から世界に羽ばたいた方やこれから羽ばたいていく方、そうした方たちを中心にソリストを迎えて、そのソリストたちをお祝いするような形で今回のオープニングを考えられたそうです。「北九州のオープニングのお祝いに皆さん来てくれませんか」というコンセプトのもと、その呼びかけに応えて集まってくださるソリスト、また全国各地のコンサートマスターや同等クラスの方たちによる「この日限りのスペシャル合奏団」が結成され、第20回記念ガラ・コンサートが初日(10/7)を飾るとのこと。そのスペシャル合奏団メンバーの筆頭は、NHK交響楽団の第1コンサートマスターで北九州市出身の篠崎史紀氏。その合奏団とソリストたちによるこの日のコンサートは、どのステージをとっても見ごたえ、聴きごたえ十分のようです。
 その中でもまず、どれをメインディッシュにしようかと奥田氏が悩んでいるものの一つが、夢の合奏団による究極のウィンナ・ワルツメドレー。しかもそれはよく行われる、ウィンナ・ワルツを室内楽に編曲してヴァイオリンだけで演奏するなどというものではなく、19世紀から20世紀の初めに出てきた新ウィーン楽派の作曲家たちがアレンジしたものを、当時の人たちが大喜びして編曲したとおりの基本の編成で、しかもオルガンも交えた形で演奏してくださるそうなのです。新ウィーン楽派にまつわる少し学問的なお話もわかりやすく紹介してくださり、参加者の方は理解を深められたのではないでしょうか。

 そしてもう一つのメインディッシュ候補は、ピアニスト若林顕氏によるモーツァルトのピアノ協奏曲 第23番。若林氏によると、このスペシャル合奏団であれば、ピアノのふたを取って真ん中に置きそれを弦の人たちが囲むという、当時モーツァルトがしていたのと同じ弾き振りでのピアノ・コンチェルトが、この日実現するかもしれないという何とも楽しいお話でした。
 さらに、この貫禄たっぷりの合奏団をバックに期待の若手アーティストが四季を弾けば、北九州市出身で世界の檜舞台に羽ばたこうとしているすばらしい歌手のお二人が得意のレパートリーを披露してくださるなど、お話を伺っただけでもまさに20回を記念する祝祭の歓声が今から聞こえてきそうなほどでした。
 「ガラ・コンサートのことだけで本当は2時間お話したい」と笑いながら、奥田氏は次の話題に移られました。
 *10月7日(日)「第20回記念 ガラ・コンサート」は、完売いたしました。あしからずご了承ください。


●アジアの血を引く、注目の新しい才能たち●
 北九州国際音楽祭は、フィンランドのクフモ音楽祭との提携の時代から、新しい才能に積極的に声をかけるといことを一種の哲学としてきたそうです。その結果、この音楽祭に出た後世界的にブレークした演奏家は枚挙にいとまがない、とのこと。今年の音楽祭注目株の、かのラデク・バボラークも、実はまだ今ほど有名ではないその昔にすでに出演しているというので、驚かれた方も多いのではないでしょうか。
 今年のラインナップの中で、新しい才能の一人ということでヴァイオリンのジョセフ・リン(10/28)が紹介されました。台湾系アメリカ人であるジョセフ・リンは、音楽学校で学んだ以外にハーバード大学でも哲学を学んだという異色の経歴の持ち主で、アジアからアメリカに行って学んだ方の中に、これほど音楽を内面的にもエンターテイメントとしても掘り下げることができる演奏家が出てきたのかと、奥田氏はこの全く新しいタイプのアメリカ人ヴァイオリニストに賛辞の言葉を贈られました。この日のコンサートでは、今年没後100年であるグリーグのすばらしいヴァイオリン・ソナタも演奏されるそうで、これからますます世界へ羽ばたこうとしている新しい演奏家の躍動感を目の当たりにする、絶好の機会ではないでしょうか。
 さらに新しい才能として、西日本工業倶楽部にやってくる日系ドイツ人ピアニスト、アリス・紗良・オット(11/7)が紹介されました。まだ19歳のとても可憐なピアニストですが、その可憐さとは裏腹に、大変スケール豊かに、ラフマニノフやリストといったヴィルトゥオーゾの作品を弾かれるそうです。その音は何ともいえない透明感に溢れ、若手ながらも、難曲を弾いてもその音の美しさを保つことができるという、とても将来の期待されるピアニストだそうです。西日本工業倶楽部での午後のリサイタルが聴けるのも、今のうちだから、なのかもしれません。昨年の音楽祭に登場したチェロの石坂団十郎なども含め、このような日系の音楽家の躍進がとても頼もしい、と奥田氏は顔をほころばせて語られました。
 *11月7日(水)「アリス・紗良・オット」ピアノ・リサイタルは、完売いたしました。あしからずご了承ください。

 また、アジアの音楽家として、中国人チェリストの趙静(11/4)が紹介されました。趙静は、おととしのミュンヘン国際音楽コンクール・チェロ部門で1位を獲った新星中の新星で、今ベルリンに留学されているそうですが、かの指揮者、小澤征爾も大変注目していらっしゃるそうです。この日の趙静のコンサートには、松本和将をピアニストとして迎えるそうですが、ピアノに関してよく安易に使われる「伴奏」という考えではなく、バボラークにしても趙静にしても、音楽家としてきちんと二人が対等にやりあう、という意味で、各々のリサイタルではピアニストにも力を入れたと奥田氏はおっしゃっていました。実際、例えば趙静が今回演奏するショパンのチェロ・ソナタは、出だしの一番いいところがピアノであって、本来ならそれは「チェロとピアノのためのソナタ」なのであって、そもそもピアノが「伴奏する」というような言葉は音楽の世界でなくしていただきたい、と奥田氏は力説されました。そうしたことから、新たな視点や切り口でリサイタルを楽しむヒントをいただいたような気がいたしました。


●今年20年の音楽祭にとてもふさわしいめぐり合わせがやってきた――北欧メモリアル・イヤー●
 約15分の休憩を挟んでの後半は、まず響ホールでの自由席コンサートのお話から始まりました。中でも特に舘野泉氏(10/27)についてのお話は印象的で、左手だけのピアニストになって復帰される時も、ぜひ北九州でもう一度弾きたい、とおっしゃってくださっていたそうです。
 そして、今年20年の音楽祭にふさわしいめぐり合わせ、ということで、メモリアル・イヤーのお話へと奥田氏は駒を進められました。今年は、かの有名なフィンランディアを書いたフィンランドのシベリウスが没後50年、ペールギュントやピアノ協奏曲で知られるノルウェーのグリーグが没後100年、そしてこの北九州国際音楽祭が始まって20年、ということで、フィンランドにゆかりの深い今年のこの音楽祭では、これらの作曲家の作品が数多く演奏されるようです。
 その中でも、メモリアル・イヤーを飾るうえでまず注目すべきは、この音楽祭を始められた新井淑子、セッポ・キマネン両氏が率いるジャン・シベリウス弦楽四重奏団(10/21)の登場です。奥田氏によると、20年の節目にこの音楽祭に帰ってきてくださるこの弦楽四重奏団は、シベリウスやグリーグの曲など、まさにこれぞメモリアル・イヤーというようなプログラムを用意してくださっているとのこと。さらには、「親愛の声」の愛称で知られるシベリウスの弦楽四重奏曲がなぜそう呼ばれているのか、また、日本人が好むシベリウスやグリーグの名曲は、不思議なことに彼らがまだ若い頃に書かれた作品なのだ、といったような興味深いお話が紹介されました。奥田氏によると、彼らが一番訴えたかったことが表れているのは、私たちが普段好んで聴く作品より後に出てくるそうで、奥田氏は、ぜひ食わず嫌いをせず、私たちが普段聴いている名曲のあとには、彼らはこんなにも内面的な音楽を書いていたのか、という新たな出会いを求めてコンサートにいらしていただければ、と参加した皆さんを誘われました。この日演奏されるグリーグとシベリウスの曲は、彼らが一番人生において充実していた頃に書かれた曲で、作曲家の本音が大変に表れているそうです。こうしたお話に、聴いてみたいと心動かされた方も多かったのではないでしょうか。さらに、先にご報告したように、ヴァイオリンのジョセフ・リン(10/28)もグリーグの名曲を披露する予定なのだそうで、今年の音楽祭では北欧メモリアル・イヤーを楽しめる機会がたくさん用意されているようです。
 メモリアル・イヤーの最後に登場したのが、奥田氏が“秘密兵器”と呼ぶヘルシンキ大学男声合唱団(11/3)です。彼らの力量であれば厚生年金会館等のもっと大きなホールでの公演がふさわしいそうなのですが、奥田氏は世界一の男声コーラスを、響きのよさで知られる響ホールでやることに、とことんこだわられたそうです。声量もさることながら、シベリウスが最も好んだのがこのヘルシンキ大学男声合唱団で、シベリウスの合唱曲はすべてこの合唱団のために書かれたというから驚きでした。あの響きのよいホールで、120年以上もの伝統を誇る世界最高峰の男声コーラスを聴いたらどんなにすばらしいだろう、と今から大きな期待をもたずにいられません。

 また、先に日本人はシベリウスやグリーグ等の北欧の音楽が好きだというお話が紹介されましたが、それはなぜかと考えるとき、フィンランドがアジアの血を引いた国だということが根底にあるのではないかと奥田氏はおっしゃいました。フィンランドはもともとフン族の末裔で、フィンランドでは名前も日本と同じ姓・名の順であるし、といった身近な楽しいエピソードが紹介され、今まで距離的に遠かった北欧の国が、少し身近に感じられるようになったのではないでしょうか。


●ファンもうらやむ教育プログラムの数々●
 北九州国際音楽祭では、期間中に世界の一流アーティストによる様々な教育プログラムが用意されているそうです。例年の教育プログラムに加え、今年は北九州市教育委員会の依頼により、若林顕氏など日本を代表する演奏家による、中学生のための鑑賞教室が7月に新たに加わり、奥田氏より紹介されたその内容はファンもうらやむほどの充実ぶりでした。その他にも、ジョセフ・リン、アリス・紗良・オット、グザヴィエ・ドゥ・メストレ&アナスタシア・チェボタリョーワ、さらにはホルンのラデク・バボラークに至っては幼稚園にホルン1つかついで行くというので、非公開ながらもその様子を垣間見てみたい気持ちに駆られました。
 子どもたちを飽きさせないような内容で、それでいて音楽の質は落とさない、ということで企画にあたっては色々なご苦労があったようですが、このような世界の一流アーティストによる教育プログラムが、たとえ少しでも、何らかの痕跡を子どもたちの心に残してくれることを願わずにはいられません。



●いよいよパリ管弦楽団とラン・ラン●
 講座の最後の最後まで一言も奥田氏が触れなかったのが、クリストフ・エッシェンバッハ音楽監督/指揮 パリ管弦楽団(11/9)です。パリ管弦楽団のような世界最高のオーケストラが北九州市でベルリオーズの幻想交響曲を演奏してくれる、というだけでもファンにとっては喜びなのですが、昨年のこの音楽祭で満員札止めとなったラン・ランが再びソリストとして帰ってきてくれるというので、今から心待ちにしている方も多いのではないでしょうか。奥田氏も、このピアニストのすばらしさに皆さん思いを新たにしていただければ、と期待を寄せられました。しかもこのコンサートの指揮者・ソリスト・オーケストラ・曲目の組み合わせは、今年パリで録音され、現在発売中のラン・ランのCDとまったく同じだそうで、日頃自宅で聴いているものがそのままライヴで楽しめる、というのはファンにとってはたまらない企画なのではないでしょうか。
 *11月9日(金)「パリ管弦楽団」は、SS席、B席(学生B席を含む)チケットが完売いたしました。あしからずご了承ください。



●おしまいに●
 昨年ラン・ランが響ホールを去るとき、来年またこの町に帰ってくるよ、という言葉を色紙に残してくださったそうです。北九州国際音楽祭は地方の音楽祭ではありますが、20年続けてこられたことで、このようなアーティストとのある一定の結びつきが出てきた、と奥田氏は実感されているようでした。
 また、音楽祭の主会場となる響ホールについて、響ホールのすばらしさを一番控えめにおっしゃるのは北九州の方なんだ、との指摘には会場中が苦笑い。しかし続けて、過去に演奏した世界一流のアーティストが、口々に響ホールのすばらしさを口にしてホールを後にするというエピソードが奥田氏から紹介されると、会場のあちらこちらから拍手が沸き起こり、ファンの皆さんがホールに誇りをもっていらっしゃることをうかがうことができました。
 その後質疑応答へと移り、2時間を超える講座は閉会となりました。参加した皆さんは、10月からの本番に向け、さらなる期待を胸に会場を後にされたのではないでしょうか。


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