昨年までボランティアの方を対象として開いていた勉強会を、今年は「楽しみ方・聴きどころ講座」として一般の方にも公開し、北九州国際音楽祭企画アドヴァイザーの奥田佳道氏に今年の音楽祭の魅力を熱く語っていただいた。講座当日は朝からあいにくの雨だったが、たくさんの方に参加していただき一足先に音楽祭の熱気を感じることができた。その内容を、以下にご紹介したいと思う。
● 北九州国際音楽祭にかける想い ― 「信頼される音楽祭」を目指して
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「世界が喝采!新世代の旗手たちー北九州へ」というテーマを掲げた2006北九州国際音楽祭。奥田氏によれば、このテーマを柱に、日本ではまだあまり知られていなくても世界で実力が認められ、今聴いておくと私たちの生活をとても豊かにしてくれるような新しい演奏家にも出演をお願いしたという。ニューヨークのカーネギーホール等は、まだあまり知られていない演奏家の公演も行うが、多くの聴衆が「カーネギーホールが推薦するのだから間違いない」と思うように、私たちの音楽祭も「北九州国際音楽祭という一つのブランドが保証しているのだから間違いない」と言われるような信頼される音楽祭を目指したい、と力説された。
● 男も惚れる石坂団十郎 ●
今回の講座の中で先陣を切って紹介されたのが、若きチェリスト石坂団十郎。「私が最近出会った若者の中で、この人ほど音楽を大事にしている若者はいない、それにふさわしいテクニックを身に付けている人はいない」と奥田氏も絶賛する。2年前にも彼に関する記事を書いたことがあるという奥田氏が、「ほんとに聴いておきたい人、ということで無条件に推薦申し上げます」というほどの惚れ込み様だ。しかし今彼に「惚れて」いるのは奥田氏のみならず、九州でのリサイタルはこの音楽祭が初めてとなるものの、その直前にはNHK音楽祭でNHK交響楽団(同響の定期公演でも)と共演することが決まっているとのこと、まさにこれからが大きく期待される輝き始めた原石だ。
ドイツと日本の血を引き、パーソナリティは完全にドイツ人、と奥田氏が言う石坂団十郎を考えるとき、「ドイツのすばらしいチェリストに日本人の感覚が備わっている」ととらえるといいという。ウィーンでのコンサートが高い評価を得るなど、今、ヨーロッパもその才能に気づき始めた石坂団十郎。「石坂団十郎さんに象徴されるように今回の音楽祭では新しい世代、そしてただ新しさだけではなくてヨーロッパの本物、あるいはヨーロッパの文化と東洋の文化を併せ持ったような逸材に声をかけたつもり」という奥田氏の言葉に表されるように、今年の音楽祭を象徴する存在として、石坂団十郎は11月11日響ホールに登場する。
● 北九州市から世界に羽ばたく逸材、豊嶋起久子 ●
「歌の文化をとても大事にするものがこの地域にあると思う」と奥田氏は指摘されるが、その北九州市出身で「亡くなった渡辺葉子さんから大変大事に育てられ、その才能がヨーロッパで大きく花開いた」のが、11月16日に“プラハ国立オペラの仲間たち”と登場する豊嶋起久子(ウィーン在住)だ。このプログラムは今回、奥田氏が「あなたが普段プラハで歌っているときの人と一緒にオペラのダイジェスト版みたいなのを響ホールでやりませんか」と声かけし実現したとのこと。しかもこのチェコの名歌手たちは、今回東京や大阪のついでに来るのではなく、私たちの北九州国際音楽祭のためだけに来日するというから、とてもぜいたくな企画だ。
モーツァルトイヤーの今年、モーツァルトいえばウィーン、と思われる方も多いかも知れないが、「実はモーツァルトの音楽をウィーンと同じぐらい愛した街はプラハ」だと奥田氏は言う。ドン・ジョヴァンニはプラハで初演され、またフィガロの結婚も初演されたのはウィーンだが、フィガロのアリア「もう飛ぶまいぞこの蝶々」を一番喜んだのはプラハの人々だったように、モーツァルトとプラハは深い絆で結ばれていたというわけだ。そのモーツァルトのすばらしいレパートリーを、「ソプラノの中でも軽みのある、リリックな美しい声」を持った豊嶋起久子とプラハの名歌手と共に聴くのがこのプログラムだ。
奥田氏によると、豊嶋起久子は往年の大歌手クリスタ・ルートヴィヒ(ウィーン国立歌劇場名誉会員・宮廷歌手)に師事する唯一の日本人だが、リーフレットにそのクリスタ・ルートヴィヒの推薦状をいただけた、ということを奥田氏も興奮気味に語った。今回ピアノを弾くのは、32歳の若さにしてドイツの劇場の音楽監督になったオペラ指揮者の高橋直史。そのピアノを「ドラマティックでオーケストラのようなピアノ」と奥田氏も絶賛する。
「ウィーンの人が思い描くモーツァルトとプラハの人が思い描くモーツァルトとでは、また少しニュアンスが違うので、その両方がうまく出るコンサートになってほしい」と奥田氏は結んだ。
● モーツァルトと小曽根真 ●
「今、モーツァルト250周年の年に誰のピアノでモーツァルトを聴きたいか、あるいは誰のピアノで今という時代を表現してくれる演奏家がいるか、真剣に悩んだときに一番最初に浮かんだ名前が小曽根真さんでした」と奥田氏は言う。小曽根真というとジャズのイメージをお持ちの方もおられるだろうが、なぜ小曽根真とモーツァルトなのだろう?
モーツァルトの時代からたくさんのすばらしい編曲の譜面があり、クラシック音楽と小曽根真の格調高いジャズはぴったり合うという。少し意外にも聞こえるが、ジャズとクラシックはとても融合性があるらしいのだ。というのも、即興、編曲といったものは20世紀の新しいジャズやロックのイメージが強いけれども、実はクラシックの歴史上こうしたことが盛んに行われた時代があったという。奥田氏の言葉をそのまま引用して詳しく説明するとこういうことだ。「モーツァルトとかバッハ、ヴィヴァルディとか古典派の作品にはよその人の作品を使って自分の曲にした曲がたくさんありますよね。なんとかの主題による変奏曲とか、なんとかのテーマによる奇想曲とか、それからモーツァルトに至ってはピアノ協奏曲の1番から4番までは人の曲です。自分のコンチェルトは5番からですし、それからバッハの3台のためのチェンバロ(ピアノ)・コンチェルトは自作の他の楽器のためのコンチェルトからの編曲ですし、4台のためのチェンバロ(ピアノ)・コンチェルトはヴィヴァルディの4台のヴァイオリン協奏曲をそのままチェンバロに変えただけです。」
ここまで聞けば、今回なぜ小曽根真がモーツァルトなのかがよくわかる。しかもクラシックとジャズのいいところをうまくミックスさせた演奏を、この11月12日に向けて「夏はこもって」準備してくれるというから、楽しみにしない手はない。
● 売切れ記録更新中のラン・ラン ●
「今聴くことが大きな喜びになる」というのがラン・ランだ。最近のカーネギーホールでの公演も、ザルツブルグ祝祭劇場も、すべてチケット売切れの状態になり、売切れ記録を今世界各地で更新中とのこと。来年2月にはウィーンフィルの定期演奏会にも大抜擢され出演が決まっているとのことで、10月8日の演奏が今から楽しみだ。
演奏する曲目は、ラン・ランが最も敬愛するホロヴィッツが編曲したハンガリー狂詩曲 第2番等で、奥田氏によればホロヴィッツの大変難しい編曲を一番忠実に演奏するのはラン・ランだという。それだけではなく、テクニックにもまして「音楽を喜びと共に弾いている表情がすばらしい」というから、ぜひそれを生で観てみたくなる。東京の音楽関係者も驚く響ホールでのラン・ランのリサイタル、最後に奥田氏は「うかうかしていると県外からのお客様でチケットが買えなくなっちゃいますよ」といたずらっぽく笑った。
*ラン・ラン(10/8)ピアノリサイタルは、チケットが完売いたしました。あしからず、ご了承下さい。
● アンサンブルの喜び ●
「『室内楽の喜びを皆さんと共に分かち合う』という精神が、北九州国際音楽祭がスタートした時点からずっと受け継がれていると思う」ということで今回奥田氏から紹介されたのが、N響トップチェリスト4名による「ラ・クァルティーナ(チェロ四重奏)」と、東京都交響楽団金管トップメンバーによる「東京メトロポリタン・ブラス・クインテット」だ。
ラ・クァルティーナについて奥田氏が強調したのが、若手作曲家・川島素晴さんが私たちの音楽祭のために編曲したメドレーが世界初演になるということ。私たちが知っている名曲をチェロ四重奏でメドレーで聴ける、しかも何の曲が飛び出すかわからないというから、奥田氏が言うように「開けてびっくりお楽しみ」なコンサートだ。
一方、東京メトロポリタン・ブラス・クインテットは、前半にバロック時代からの金管アンサンブルのオリジナル曲や、ロマンティックなオーケストラ曲を金管アンサンブル用に編曲した作品などを、後半にはスペシャルコーナーということで、ドラゴンクエスト等で有名な作曲家のすぎやまこういちさんをお迎えしてトークもあるという。すぎやまさんは、子どもにクラシック音楽に親しんでもらおうと、ご本人が作曲し子どもたちの間で人気のゲーム音楽を、オーケストラや金管五重奏等で演奏するという教育的な意味合いも持つコンサートを各地で開いており、奥田氏はそうしたコンサートをこの音楽祭の一つの大きな目玉に据えてみたという。
また、子どもたちに対する教育プログラムに関して、「音楽のジャンルに高級低級はない」と奥田氏は熱く語ってくださった。「今の世の中何でも手っ取り早いほうがいい、でも、音楽を好きになる気持ちに差はないはずだ。であれば、効果をすぐに求めなくても、一番いいものをちゃんと提供すればどこかで応えてくれるだろう」とも。子どもたちに提供する内容をお子様ランチにたとえて、「旗が立っていておまけが付いていれば喜ぶ時代は終わった。エビフライもチキンライスもおいしくなければいけないし、盛り合わせのバランスもいいほうがいい」という言葉にはとても説得力があるように思えた。
● いよいよ大目玉サンクトペテルブルグ・フィル ●
「役者がそろったというのはこういうこと」と奥田氏が言うように、サンクトペテルブルグ・フィル、テミルカーノフ、レーピンが揃っての11月17日。今年、ショスタコーヴィチは生誕100年で、そのメモリアルイヤーにショスタコーヴィチプログラムが実現した形になった。
奥田氏によると、ショスタコーヴィチは「どこまでが本音でどこまでが建前かということが永遠にわからない作曲家」と言われていて、評論家や学者には「イソップ言語をもった」とか「二重言語主義」といったふうに形容されているらしい。スターリンに反抗することが銃殺を意味した当時、ソ連・共産党・社会主義の中で生きるために「芸術と体制の挟間を常に微妙に行き来した」作曲家とのこと。そんな作曲家の曲には、暗号のようにひそかに自らを主張するフレーズが曲中に組み込まれていることを、ホワイトボードを使って少し学問的に紹介していただき、ミステリーを解くようで興味深かった。しかも今回演奏される協奏曲も交響曲も、どちらもこのサンクトペテルブルグ・フィルが初演したというから、その意味でも最高のメモリアルコンサートだといえる。
さらに、ヴァイオリン協奏曲 第1番は早くに作曲されていたにもかかわらず、反体制的なフレーズが入っているためスターリンが死ぬまでは発表できなかったということ。また、交響曲
第5番は、指揮者によって曲のテンポがまったく違ううえ、金管楽器をしている人にはとても魅力的な曲であることなどが紹介され、奥田氏も言うように難しいからと敬遠するのではなく、また違った角度からの魅力を紹介していただき、受講した方はぜひ聴いてみたいと思われたのではないだろうか。
「粛清によって亡くなった方たちへのレクイエム」かもしれないと言われるこの5番、「音楽も大変ドラマチックで筋肉質な魅力に溢れているが、ショスタコーヴィチの明るいときに暗い、暗いときに明るい、というような二重言語、イソップ言語といわれる所以をとことん、しかもやっぱりロシアの人たちの演奏で聴いてみないことには・・・」と奥田氏が結んだように、ぜひこの目で、耳で、確かめてみたくなった。
● 終わりに ●
講座の最後、奥田氏は「クラシック音楽の色々な楽しみを色々な角度から味わっていただきたいと思ってますし、私たちの音楽祭にはクオリティーに関してはどれ一つ劣るものはないという自負はもっておりますので」と力説された。その説明のとおり、どのコンサートをとってもエピソード満載で、聞き逃すと大変損をするような気持ちにさせられた。
最後に9月のすぎやまこういちさんと奥田氏によるプレトークショー、サンクトペテルブルグ・フィルのバックステージツアー、チケット発売についての紹介があり、約2時間の講座は閉会となった。
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