昨今、世界の檜舞台で活躍中のトップアーティストほど、クラシック音楽と聴衆のあり方、それぞれの近未来に深い関心を抱いている。次代を担う若い聴衆の育成はいつの時代も最重要懸案で、従来も様々なプロジェクトが推進されてきたが、20世紀末から21世紀にかけて、そして今日ほど、生きた音楽教育の重要性が認識されている時代はない。
内外で、学生や児童の知的好奇心を鼓舞・刺激しうる創造的なコンサートが求められている。長年に渡って展開されてきた音楽鑑賞教室や、地域と連動した日常的な教育活動の成果や問題点を踏まえた上で、全く新たな視座をもつ文字通り特別なコンサートが企画されるようになってきた。エデュケーション・プログラム、アウトリーチという言葉を耳にする機会も飛躍的に増えた。手を差し伸べるという意味をもつアウトリーチ活動とは、演奏家がコンサートホールを飛び出し、学校や病院、各種施設に「出張」し、解説を交えた本格的な演奏を通じ、音楽の喜びを分かち合おうとする新たな演奏形態のことだ。
現在の主流は、一流の演奏家による企画性に満ちたコンサートである。昨年秋ベルリン・フィルの芸術監督に就任したサー・サイモン・ラトル、ウィーン国立歌劇場の顔となった小澤征爾は、子どものためのコンサートやオペラにも熱心だ。国内に目を転じても大阪フィルの音楽監督に迎えられた大植英次、仙台フィルの音楽監督でもあるヴェテランの外山雄三、近年高い評価を得ているゲルト・アルブレヒトと読売日本交響楽団などは、子どもたち、あるいはビギナーの聴きてにこそ、最高の音楽を提供しなければいけないという使命感を抱き、すでにその美学を実践させている。札幌の国際教育音楽祭PMF、別府アルゲリッチ音楽祭、宮崎国際音楽祭などでも、子どもが「主役」となるコンサートがある。
曲目解説と当日のガイド役を仰せつかっているので手前味噌な言い方になるが、北九州国際音楽祭がここ数年実施している「小学校訪問コンサート」「中学生の鑑賞教室」「高校生の鑑賞教室」は、登場する演奏家の顔ぶれといい、吟味された内容といい、最高水準の教育コンサートが実現していると考えられる。オーケストラの場合、演奏家(指揮者やソリスト、アンサンブルのメンバー)のトーク、筆者の解説、それに関連しての部分演奏、全曲演奏というスタイルが基本だが、2002年は初めての試みとして金管楽器のアンサンブルが登場した。
楽都ウィーンの演奏家を中心とした金管五重奏団「アート・オブ・ブラス・ウィーン」が響ホールでの通常コンサートのほか、前述の3教育事業に協賛し、素晴らしい演奏を披露した。バロック期以降の金管五重奏オリジナル作品、編曲作品、ジャズやポピュラーのナンバーを巧みに並べ、プログラムそれ自体でクラシック音楽の歴史、金管アンサンブルの変遷、クラシック音楽の広がり、アレンジ(編曲)の妙が体感出来るようになっていた。こうしたプログラミングは演奏家、音楽祭事務局、それに筆者の間で数度のやりとりを経て決定されたものである。
一枝小学校の体育館で行なわれた「小学校訪問コンサート」は、「アート・オブ・ブラス・ウィーン」のメンバーにとっても、筆者にとっても忘れ得ぬ経験となった。彼らには、子ども相手だから、体育館での演奏だからほどほどでいい、という考えはみじんもない。明らかに大切なひとつのコンサートとして臨んでいた。
史上初めてのオペラに数えられるモンテヴェルディの《オルフェーオ》のトッカータ(オペラの序曲に相当する音楽で、オリジナルも金管楽器のファンファーレ)で始まったコンサートは、おなじみのウィーンの音楽や世界の名曲を経て乗りのいいジャズで結ばれ、アンコールの「ラデツキー行進曲」では、メンバーによる「ヴォーカル・アンサンブル」まで飛びだした。体育館を埋め尽くした子どもたち(それに教職員)とステージが一体となり、まさに音楽の喜びを分かち合う感動的なひとときが現出した。子どもたちは、金管楽器の大きさ、形、その音色、アンサンブルのすごさを、コンセプト明瞭の選曲に基づく超一流の演奏、つまり本物の音楽を通じて味わったのである。
筆者の役割は作品の解説や作曲家・作品が誕生した時代背景を曲間トークとして添えることだが、コンサートとしての雰囲気、そして全体の流れを壊さないように留意したつもりだ。
アート・オブ・ブラス・ウィーンのリーダーで長らくウィーン・フィルの首席トランペット奏者として活躍したハンス・ガンシュは「私たちのレパートリーはバロック音楽、ウィーンの音楽ばかりでなく、ジャズやポピュラーのスタンダード・ナンバーまで幅広い。トランペットのハインリヒ・ブルックナー、トロンボーンのエーリヒ・コイエーダーは素晴らしい編曲家でもある。ウィーンの伝統を理解したアメリカ人のテューバ、ジョナサン・サースの加入によってレパートリーはさらに広がった。
クリニックや学校コンサートの経験も豊富だが、こうしたコンサートこそ、演奏家は最善を尽くさねばならない。今回は厳選した内容を若い聴衆に提供出来たと思うし、客席の様子を見て、大きな手応えを感じた」と語った。ウィーンの歴史的楽器やその奏法にも精通したホルンのトーマス・ビーバーも「素晴らしい経験だった。演奏家と音楽祭の大切な仕事だ」と振り返った。
いずれにせよ、真摯かつ温もりある演奏の数々が子どもたちに与える好影響は、まさに計り知れない。翌々日、舞台を厚生年金会館に移しての「中学生」「高校生のための鑑賞教室」でもウィーンの演奏家たちは最善を尽くし、10代半ばの若者と音楽を通じて交歓した。お昼の休憩を挟んで1時間のプログラムを2つ。ここでは、純正バロック音楽からウィーンのポルカ、20世紀の金管五重奏オリジナル曲、ジャズ、ピアソラなどを交えた内容を披露した。中学生の部と高校生の部では、微妙にプログラムやお話の中身を変えているが、こうした入念な配慮はダイレクトに客席の生徒たちに通じるものであると確信した。ブラスバンドをやっている子どもたちにとっては夢のコンサートだったことだろう。この種の音楽を初めて聴いた生徒たちも「今日はいいもの、面白いものを聴いた」と記憶に留めてくれたに違いない。知識や理屈ではなく、無意識のうちに「音楽っていいもんだな」と思ってくれる生徒が増えれば、解説者としてはそれが一番うれしい。
2003年秋も、内外の音楽ファンが喝采を贈るトップアーティストによる「鑑賞教室」が企画され、とっておきのお話と演奏プログラムを披露するはずだが、それらを享受出来る中学生や高校生が羨ましい限りである。
〜奥田佳道(音楽評論家)〜 |